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母ちゃんたちの努力が育んだ「だだちゃ豆」

2019.03.29

「日本一美味しくて、日本一高価な枝豆」という評価をいただいているだだちゃ豆。
サヤの表面の産毛が茶色くて、見てくれはイマイチ。昔は見た目の悪さで不評をかっていたと言われるほどの豆ですが、食べると・・・いえ、茹でている時からまったく他の枝豆との違いがわかる旨みが濃い枝豆なんです。

日本一贅沢な豆といわれるだだちゃ豆

日本一贅沢な豆といわれるだだちゃ豆

だだちゃ豆は、いつ、どこで生まれたのか

もともとは、新潟県の下越地方で江戸時代に茶香エダマメが作られていた記録があることから、その近い関係筋から庄内地方に入ったのが始まりではないかということです。そういった流れをくんでいったのでしょうか。庄内の酒井藩の熱心な農民や藩士は、各家ごとに豆の選抜がなされて、味の良い枝豆が代々受け継がれてきました。
そして、だだちゃ豆と呼ばれるようになったのは、枝豆好きの庄内の酒井藩の殿様が、城下から枝豆を取り寄せ、「今日はどこのだだちゃ(お父さん)の枝豆か?」とたずねたことからこの名がついたと言われています。現在、だだちゃ豆の系統は12品種ありますが、その中心的な品種が白山だだちゃ豆なのです。

種は各家々で採取され受け繋がれていく

種は各家々で採取され受け繋がれていく

白山だだちゃ豆のルーツ

今から百十余年前の明治40年、白山地区の森屋初さんという一人の女性によって、8月20日以降に実る枝豆から一本の変異種を発見。その後、甘さと芳香に優れた系統を選別・選種されていきました。明治43年に、初さんの家の屋号の“藤十郎”をとって「藤十郎だだちゃ豆」が栽培されたのです。この豆が現在、庄内が誇る在来枝豆の白山だだちゃ豆の原形となりました。

さらに詳しくみてみると・・・・・・

推定ですが、新潟から庄内に入ってきた枝豆は、江戸時代の庄内の藩主である酒井の殿様が好んだ“小真木だだちゃ豆”系統であったと考えられています。その後、小真木だだちゃ豆が選抜されて“娘茶豆”が育まれました。その後、森屋初さんの長女の嫁ぎ先から娘茶豆が森屋初さんにもたらされ、初さんの手で選抜し育てられ、やがて“藤十郎だだちゃ豆”と言われるようになったのが白山だだちゃ豆のルーツということです。
その後、森屋初さんと白山地区の女性たちの努力によって現在の銘柄の基が築かれていき、芳ばしさと豊かな風味を含んだ白山だだちゃ豆が長年作られ人気を博してきたのです。2003 年には森屋初さんや普及に協力した女性たちの功績を称えて、記念碑が建立されています。

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